茅葺きの舞台裏 ― 国産素材の物語
     
    日本の茅葺き屋根を支えてきたのは、職人だけではありません。
    茅葺き屋根には、茅はもちろん、竹や杉皮、わら縄といった多様な自然素材が使われています。それぞれの素材がそれぞれの役割を担うことで、茅葺き屋根を形づくっています。
     
    こうした素材は、山や田んぼといった自然の中で時間をかけて育まれます。そして、多くの人の手と知恵が重なって、ようやく現場に届きます。目に見えないところでたくさんの人が関わり、その積み重ねが茅葺き文化を支えているのです。
     
    しかし、現在、茅葺きを取り巻く環境は少しずつ変化しています。農業や林業の担い手が減り、土地の使われ方や農法も昔とは変わってきました。かつては地域の暮らしの中で自然に循環していた茅葺き文化ですが、今では安定して材料を確保することが難しくなり、現場にとっても大きな課題となっています。
     
    それでも私たちは、「日本の茅葺き屋根には、日本の素材を使いたい」という想いを大切にしています。素材が育つ土地があり、それを手がける人がいて、職人がその素材を生かす。この循環があるからこそ、山や草原が維持でき、茅葺き文化の継承が可能になります。海外産の素材や人工的な代替品に頼ることは一見便利ですが、長い目で見ると次世代に大きな課題を残すことになりかねません。
     
    それぞれの素材の背景を理解し、感謝の気持ちをもって材料を使っていくことは、屋根を葺く技術と同じくらい大切なことです。実際に現地を訪ね、担い手の方々のお話を伺えることは、職人にとっても貴重な学びであり、その魅力を伝えることも私たちの使命だと考えています。
     
    この連載では、茅、わら縄、竹、杉皮など、素材の担い手を訪ね、その仕事への想いや職人から見た素材の魅力をお届けしていきます。
    どれも昔から身近にあった素材ですが、それぞれに長い歴史と深い物語があります。素材の背景を知ることで、茅葺き屋根の世界がより立体的に見えてくるはずです。
     
    『茅葺きがつなぐ、自然と人とのつながり』
    その豊かな世界を、少しずつ丁寧に紐解いていきたいと思います。
    第一回 田尻製縄所 様(京都・福知山)
     
    京都・福知山の田尻製縄所は、国産稲わらにこだわり続ける数少ない製縄所のひとつです。
    夫婦二人で営む小さな工場ながら、茅葺き屋根だけでなく、祇園祭の山鉾や文化財の修復、松の枝を雪の重みから守る「雪つり」に使われるなど、全国各地でその縄が使われています。