※求人サイト掲載時のインタビュー記事を許可を得て掲載しています。
茅葺屋根がくれた生きる道

京都府のほぼ中央に位置する美山町。茅葺屋根の集落「かやぶきの里」には、日本の原風景が今も受け継がれている。駒さんは26歳で茅葺屋根の世界に飛び込んだ。
「職人になる前はJA(農業協同組合)やトラック配送の仕事をしていました。でもこの先何十年とその仕事をやっていく未来が描けなかったんです。そんな中、配達途中に茅葺の家を何度も見かけるうちに、自分も携わりたいという想いがだんだんと強くなっていきました。幼少の頃に茅葺の家に住んでいたこともあって、自然や茅葺に対しての憧れのようなものがあったのだと思います」

茅葺の何がそこまで駒さんを惹きつけるのだろうか。
「見ていて落ち着きますよね。ススキや竹、丸太など、基本的に自然素材でできているので、色もすごく自然です。私も茅葺の家に住んでいますが、仕事して家に帰ると、体も心も回復しとるなって感じがするんですよ。だから家の中にずっといたいなって思ってしまいます」
「あとは、とても静かですね。雨が降っても、屋根を打ち付ける雨音は全くしません。だから障子を開けたときに、はじめて雨が降っていることに気付くんですよ。窓を開けると地面に落ちる雨の音が聞こえてくる。風情があっていいですよね。遮熱もしてくれるので、夏も涼しく過ごせます」
屋根は一人ではつくれない

美山茅葺では気候に合わせて仕事場所を変えるため、一年のうち半分は出張している。美山には社員寮があるが、出張中は一軒家を借りて皆で共同生活をするそうだ。
「出張の時は皆で一つ釜の飯を食べるような暮らしですね。家事も分担するので段取り力や生活力もつきますし、人への気遣いも学べます。屋根は一人ではつくれませんから、共同生活でのコミュニケーションは仕事にも活きてきます」
「職人仕事ですから、しんどいこともあります。でも若い子たちにとって、やっぱり身近に仲間がいるというのは支えになっているみたいです」
職人と聞くと一人黙々と取り組むイメージがあったが、茅葺屋根づくりはチームワークが大切。助け合える仲間がいるというのはどれほど心強いことだろう。しかもその頼りになる仲間は、会社だけでなく全国にいるという。
「茅葺職人は全国に200人ほどいますが、大体みんな顔見知りです。職人の行き来もあって、この間は北海道の方と一緒に仕事をしました。どうしても手が回らない時にパッと応援に駆けつけてくれるのは、すごく嬉しいことですよね。もちろんこちらが手伝いに行くこともあります。他所の仕事を見れるので、学びにもなります」
「いろいろな人との繋がりができるのが、この仕事の一番の魅力です」
仲間とともに、技を磨いていく

茅葺屋根を作るには、まず竹で屋根の下地を組み、その上に茅を並べて固定していく。最後に刈り込んで整形すれば完成だ。
「屋根の形の8割は、茅を並べていく『平葺き』の時点で決まります。その段階で作りたい屋根のイメージをしっかり持っていることが大切です」
駒さんの一番好きな工程は「刈り込み」。「最後の仕上げで形が見えてくると、やっぱり達成感があります」と笑顔を見せる。
「見た瞬間に『綺麗や』って一目惚れするような屋根を作ることを心がけています。同じ素材は一つもないので、綺麗に見せるには自分の手を信じるしかないです」

技術は一朝一夕では身につかないが、ここには導いてくれる仲間がいる。
「若い子にはまず思い切ってやらせます。それであかんかった時は、次に活きるよう先輩たちがちゃんと理由を説明するようにしています。歳の近い先輩の背中を見れるのも、うちの強みですね」
職人として大切なことは何だろうか。
「互いに相手を思いやる心ですね。自分一人では何もできないですから。それさえあれば大丈夫です」
「職人は大変なこともたくさんあります。夏の40度近い日でも屋根の上にいますし、冬は雪下ろしをしないといけません。でも仲間がいれば助けてくれるし、嬉しいことも何倍にもなって味わえます」
世界でも注目されている茅葺

茅葺は日本らしい風景とばかり思っていたが、世界各地にも存在する。なんと2年に一度、世界大会も開催されているのだそうだ。
「今年はデンマークで開催予定で、うちも若い子が3人、参加します。ホスト国に案内してもらってディスカッションをする、交流の場ですね。実はオランダは茅葺先進国で、茅葺きのスタイリッシュな新築がどんどん建っています」
世界がサステナブルな在り方を模索する今、大阪・関西万博の会場にも茅葺屋根のパビリオンが作られるなど、その注目は高まってきている。
「茅葺のデザインはヨーロッパが先進的かもしれませんが、サステナビリティは日本が一番先進国です。ヨーロッパは材料を輸入していますが、日本は自国で育てたものを使って、屋根の役目を終えた茅は肥料にするなど、本当の循環の中でつくっていますからね」
とはいえ、日本では建築基準法上、市街地などの都市計画区域内に茅葺の家を新築することはできない。衰退の一途を辿っているのではと正直に不安を伝えてみると、むしろ職人が足りていない状況なのだと言う。
「美山町は都市計画区域外なので建築もできますし、『かやぶきの里』は保存地区にも指定されています。全国的にも民家や文化財、神社仏閣に茅葺は残っていますので、仕事がなくなることは無いですよ」
四季を感じる美山の暮らし

「四季を感じる自然豊かな環境で暮らせるのが、美山の魅力です。季節の大変さを感じながら生活することは、大事なことです。あと何より茅葺の集落。出張から帰るたびに感動しています。いつも見とんのにね」
今、南丹市では茅葺を盛り上げようという流れが生まれている。補助金制度もあり、茅葺屋根の家に住みたいという願いも叶えやすいという。出張は多いが、地域とのつながりは大切にしている。
「日役といって、年に何回か町の人たちと草刈りや掃除などをする機会があります。そうして顔見知りになれるのは、都会にはない良さですよね」

仕事の基本は屋根葺きだが、自社でお米を育てる農業部門があるほか、観光部門の新設も進めているそうだ。
「美山には国内外から観光客もたくさん来られますから、ゲストハウスや音楽施設などを作って地域を盛り上げていきたいと考えています。うちは『これだけしときなさい』という会社ではないので、それぞれのやりたいことについても大事にしています。最近リニューアルしたホームページも、若い子たちが作ってくれたんですよ」
「失敗というのは世の中に一つもないですから、一歩を踏み出すことが大事だと思うんです。一歩踏み出せば、それがもう正解になりますから。とにかく挑戦してほしいですね」
おまけの話
駒さんは社長ではあるが、若い職人たちにとっては兄貴のような存在のようだ。
語られる言葉は、常に仲間を思う気持ちにあふれていた。
そんな駒さんに、弟分たちへの想いを聞いてみる。
「若い子らの中でも、それぞれにいろんな思いを持っています。会社の中の一職人ではありますが、やっぱり一人の人生ですので、その手助けができればと思っています。将来は地元で他のことをしたいというのでも全然いいんです。どういう場所であっても活躍してほしいですね」
今、これほど「人」を大切にしてくれる会社はどれほどあるのだろうか。
一人の人間として真正面から向き合い、人としての成長を願い支えてくれる環境がここにはあると感じた。
取材・文章/細谷夏菜
出典:求人メディア「まちびと」(インタビュー記事・2025年5月23日〜7月17日掲載)