第1回 田尻製縄所 様(京都・福知山)

日本文化を支える“縁の下の力持ち”

 

京都・福知山の田尻製縄所は、国産稲わらにこだわり続ける数少ない製縄所のひとつです。
夫婦二人で営む小さな工場ながら、茅葺き屋根だけでなく、祇園祭の山鉾や文化財の修復、松の枝を雪の重みから守る「雪つり」に使われるなど、全国各地でその縄が使われています。

 

ここで生まれるわら縄の特徴は「稲わら100%」。
工場によっては麻糸を軸に入れて強度を確保しますが、田尻製縄所は稲わらだけで同等の強度を実現しています。

 

品質を支えるのは、田尻さんの徹底した機械調整です。
独自の改良を加えた製縄機で、用途に合わせて太さの違うわら縄を、昔ながらの製法で仕上げています。部品一つひとつにまで目を配り、バネの縮み具合をミリ単位で調整。大学教授に問い合わせて相談するほどの凝り性で、ほんのわずかな違いが縄の質を左右すると言います。

  

「質の高い縄を届けたい」――その姿勢は半世紀にわたり変わりません。


わら縄ができるまで

 

田尻製縄所でのわら縄づくりは、すべて機械任せというわけではありません。
長年の経験で培った感覚と、素材や機械の状態を見極める目が欠かせません。

 

まず、軸が硬い稲わらは機械でたたき、適度に柔らかくします。
次に余分な「はかま」を取り、縄にするわらを機械にセット。製造する縄の太さに応じて機械を微調整し、使用するわらの量も調整します。
仕上げに、縄から飛び出した“ひげ”をカットして整えます。この“ひげ”を切る刃の研ぎも非常に手間がかかるそうです。

 

こうして一本の縄が完成するまでには、多くの手間が惜しみなく注がれています。

 

この機械で一度に綯えるのは約440m。1日機械を稼働させても6〜7玉作るのが限度だそうです。

 

このようにして丁寧に作られた縄は、全国各地へと届けられます。例えば、兵庫県・湯村温泉で開催される『湯村温泉まつり』の名物『大菖蒲綱引き』には、5キロの玉を600玉ほど納めるため、2か月間、製造し続けることもあるといいます。


茅葺き屋根とわら縄 ― 自然素材の相性

 

茅葺きの現場でわら縄は、なくてはならない存在です。屋根の下地補修では垂木や竹を固定するために、また茅を葺く際には竹を縫いつけて茅をしっかりと抑えるために使われます。

 

針金や銅線などの金属素材は、一見すると強度があって便利そうに見えます。しかし、実際の屋根作りでは自然素材同士の相性が良く、わら縄は締め付けすぎず、緩くなりすぎず、絶妙な加減で素材を束ねます。この“ちょうど良い加減”が、茅や竹の性質を生かしつつ、屋根全体の通気や呼吸を妨げないのです。

 

自然素材同士のやわらかな調和は、化学素材や金属にはない特性です。
丈夫で長持ちする茅葺き屋根を支えているのは、こうした自然の偉大さと長い年月をかけて培われた先人の知恵なのかもしれません。

 


わらの可能性を信じて

 

田尻製縄所が目指すのは、単なる縄の生産ではありません。「稲わらの文化を残したい」という思いこそが原動力です。


しかし、その思いを支える材料の確保は年々厳しさを増しています。
農業の効率化が進み、稲わらを残す農家は全国的に減少。田尻さんにとってこれは最大の課題です。縄の需要がなくなることはないものの、材料そのものが手に入らなくなる危機が迫っています。

 

実際に、工場に置かれていた稲わらの束は、栃木県までトラックを走らせて仕入れたものでした。京都から遠く離れた土地まで足を運ばなければならない現実が、調達の難しさを物語っています。

 

それでも希望の芽はあります。

綾部市に移住した若い家族が古民家に残っていた農機具で稲作を始め、その稲わらを田尻製縄所が買い取るようになったのです。こうした新しい動きが、わら文化をつなぐ一助となっています。


捨てるところがない「わらの力」

 

稲わらには、無駄がありません。
削いだ「はかま」は牛のエサや畑のマルチに、仕上げの切りくずは燻炭や堆肥に――副産物までも地域の循環に生かされています。今でも畜産や農業関係の方々が、「はかま」や切りくずを買い取りに訪れるそうです。

 

こうした活用は、農業の枠を超えて建築の場面にも広がっています。細かく砕いた藁は壁土の材料として使われ、家の強度や調湿に欠かせない役割を果たしてきました。実際、西本願寺の修復工事では、壁の中から約300年前の藁縄が見つかり、田尻さんはその再現を依頼されたといいます。長い年月を経てもなお形をとどめるその姿は、素材の力強さと当時の職人の技の確かさを物語っていました。

 

田尻さんのご自宅でも、竹木舞に土壁を塗る伝統的な工法が用いられています。壁の内側には今も藁が息づき、静かに家を支え続けています。

 

──縄、餌、堆肥、壁。藁は使い切って終わりではなく、暮らしのさまざまな場面で役割を変えながら生かされてきました。

「捨てるところがない」という言葉は、決して比喩ではなく、先人たちの知恵と自然との向き合い方そのものなのです。


“本物”を守るということ

 

「質の高いわら縄をつくっている自負がある。だから安売りはしない」――田尻さんの言葉には誇りと責任感がにじみます。

 

その縄は、単なる日用品ではなく、日本の文化や風景を支える存在です。祇園祭の山鉾を組み立てるための太縄、文化財修復の現場、雪国での松の雪吊りや庭木のこも掛け、地元の神社や公園施設の屋根葺きなど、用途は多岐にわたります。

 

さらに、問屋ルートを通じて各地に広がり、表に名前が出なくても、田尻製縄所の縄が全国の現場で生かされています。

 

しかし、田尻製縄所では、仕事の量をむやみに増やすことにはこだわっていません。それよりも大切にしているのは、一本一本の縄の品質を守り抜くことです。

 

「受注を増やすことよりも、確かな品質を守り抜くこと。」

 

この信念のもと、全国の祭礼や文化財修復、雪吊りや屋根葺きなど、さまざまな現場で信頼を得ています。その背景には、素材選びから製造工程の細部まで、妥協のないものづくりがあります。そして稲わらを残す農家を支え、文化そのものを次の世代に手渡すこと。その覚悟が、一本一本の縄に込められています。


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